Hi, there. Glasgow

Study in Scotland

祖母のこと。

 

どうもリックです。

今回は本当は卒業式のことを書こうと思ったのですが(というか書いているのでアップするだけなんですが)、先日大好きだった祖母が亡くなり、なんとなく頭の整理と備忘のために書いておこうと思いました。

 

グラスゴー情報が見たくてブログにアクセスしてくださった方、すいません。
でもこれはこれで、留学記なのです。たぶん。

 

なぜかグラスゴー大学の中庭を思い出す。

 

祖母は昨夏あたりから寝たきりになり、もう長くないと言われていたが、一時的な入院を経て、この時代幸せ(*)と言うべきか、畳の上で亡くなった。
*厚労省の統計によれば、終末期を在宅でと希望する人がほとんどの一方で、現実的には病院で最期を迎えられる方が沢山いるとのこと。

 

横たわる祖母に手を合わせて、いろいろ思い出に頭を巡らせていたが、ふと頭の中に甦ったのは、グラスゴー大学の中庭で祖母と電話したときのことだった。

 

まだ本コースが始まらず、プリセッショナルコースにいたときのこと。前にも書いたが、私の本コースは東アジア人が私一人という結構キツい状況だったが、プリセッショナルの時は、9割くらいの学生が中国人だった。今でもその時から仲のいい中国人は沢山いるのだけど、やっぱり朝から晩まで中国語の世界(英語ではない)に暮らしていると、かなり疲れた。かつ、自分は無条件合格ホルダーだったこともあり、結構周りの英語力の低さにはビビっていた。アカデミックライティングのお作法を学べたこと、よくブログに登場する盟友 梁(リャン)くん他数名の友達に出会えたのは本当によかったが、正直、プリセッショナルの時期に私の英語力は下がったとさえ思う。

 

脱線した。

 

そういうわけで、その日もややテンションが下がり、かと言ってクラスメートと雑談する気も起きず、授業が終わった後、グラスゴー大学の中庭で、そうだ、祖母に電話しとこうと思ったのだった。別に特段の用事はなかったが、母ちゃんから「寂しがってるから電話してやってくれ」と言われたばかりだったこともある。

 

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Photo by Rick(iPhone)


晴れ渡った空の下で、卒業生から寄贈されたベンチに座り、スカイプから祖母宅の固定電話に発信する(これで国際電話かけれるんだから、すごい時代!)。7月で、かつ晴れてるのに、顔に当たる風がやたら冷たかったのを覚えている。お決まりの、「最近どう?」という適当なコメントから始まり、

 

「まあ年だからね。耳鳴りとか色々あるけど、そんな変わんないのよ。イギリスでもちゃんと食べてるの?体調は大丈夫?」

 

うん。大丈夫。ばーばこそ、ちゃんと食べてるの?

 

「私は大丈夫よ。昨日も2駅歩いて、カツ丼食べてきたし」

 

・・・おいおいおい。
89歳にして健脚、健啖。そういう祖母だった。一年後に寝たきりになるとは、グラスゴーの空の下でおよそ思い至らなかった。


また別の日、本コースで苦しんでいるとき、諸々の不安を吐露したときは、

 

「いや大丈夫。写真見れば分かる。頑張ってる人間の顔つきだから。大丈夫よ。」

 

追い込みの時期に受け取った報せ

 

祖母が倒れた、危ないかもしれない、という第一報を受け取ったのは、修士論文を追い込んでいた8月だったと思う。当時、私はケンブリッジのサマースクールが終わり、修士論文提出に向けて気持ちの上ではかなり張り詰めていた。

 

まじいな・・・。

 

というのが正直な最初の感想だった。お見舞いに行けないのはもちろん辛いが、万一亡くなってしまったらどうしよう。他の時期なら迷わず帰国だが、今は、どうだろう。ある意味では、この瞬間に留学の集大成の全てがかかっている。遊びにきたわけでない。超絶安定した仕事を投げ打ってチャレンジして、一生懸命努力しての8月だった。非人情といえばそれまでだが、迷った。

 

  私が生まれて半年でオランダに渡ったとき、しばらく一緒に過ごしてくれた祖母。

 

  仕事が決まった時に一番喜び、働いているときは心配してくれた祖母。

 

  仕事を辞めることに、最後まで反対していた祖母。

 

  辞めると決めた後は、一番応援してくれた祖母。

 

  留学中も、妻が書いている家庭内ブログを眺めるのを一番の楽しみにしてくれた祖母。

 

だからこそ、ここは頑張りどきじゃないのか。踏ん張りどころじゃないのか、と思った。祖母を想う気持ちでは人後に落ちない。

 


私は、俺は、おばあちゃんっ子なのだ!

 


仕事が忙しくて祖母のところに顔を出せず、「悪いね」と言ったとき、いつも祖母は、

 

「ああ、まあいいのよ。私とあなたは、気持ちが相通じてるから」

 

と言っていた。

 

結局、万一の際は、親や親戚とどんなに衝突しようとも、やり切るまでは帰国しない、と意固地に決断した。迷うたびに、「いや、俺とばーばは気持ちが相通じている。だから大丈夫」と想うことにした。

 

だから、というわけではないが、帰国後に顔も見れて、留学のお土産話もできて、孫の顔も見せれて、というチャンスに恵まれたのは、正直、望外の喜びだった。そういう経緯もあったので、葬儀に参列し、きちんと祖母を送ることもできて、よかったと思う。


面白いことに、と言っては不謹慎かもしれないが、「もしばーばになんかあったらどうしよう」というのは留学中ずっと思っていたし、そのピークは件の8月のときだった。

 

そのときグラスゴーで思い悩み切ったからかもしれないが、今は、悲しみよりも頑張んないとなあという気持ちが強い。祖母があれだけ応援してくれたのだから、その成果をきちんと将来につなげなければ。

 

 

・・・おばあちゃんっ子だからね。

 

 

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Photo by Rick (iPhone)

 

卒業式に行ってきました。@グラスゴー大学(1)

 

ご無沙汰しております。リックです。
諸事情により、大変長い間、更新せずにおりました。

 

新しくアクセスしてくださった方、こんにちは。
変わらず(諦めずに)アクセスしてくださった方、ありがとうございます。

 

さて、時間が空いてしまったのですが、昨年末に、修士課程の卒業式に行ってきましたので、今日はそのご報告。あ、でも今回は前日譚で、本番のご報告は次回になります。

 

久々のグラスゴー。

 

偶然が重なって、現在の職場で働くことになる前、PhDの準備に専念すべく、働くことなんて予想だにしていなかった私は、11月末に予定されていた卒業式に参加すべく航空券まで取ってしまっていた。

・・・が、突然働くことになったため、就職の際に、「あのう・・・この時期2週間くらいいないんですけど、それでもよければ・・・」と謎に上から目線の条件提示を行った私。

 

結果として理解あるボスと職場の皆さんに支えられて、無事に繁忙期に職場を抜け出し、出国できることになった。・・・まあ、離陸15分前まで職場から断続的に電話がかかってきたり、中継地のドバイで携帯開いたらボスからSMSが来ていたりと、無事だったのかはちょっと分からないが・・・。

 

さて、中継地での滞在も含めると、20hくらいのフライト。長旅ですっかり疲れたが、もう何回も往来したグラスゴー空港。2ヶ月しか離れてないのに、すでに懐かしくてしょうがない。入国審査官がボケていて、「なぜこいつらは間違ったことを堂々と言い張るのだろう?」とそういう意味でも懐かしい気持ちになったが。なんて相変わらずなんだ・・・。

 

Highland Spring(地産のミネラルウォーター)を買って、シャトルバスに乗り込み、携帯のSIMを復帰させる(gifgaffのSIMカードを料金は止めて、保管しておいた)。

 

風神雷神に愛される神々の大地、スコットランド。下手したら卒業式も嵐の中で開催かな?と覚悟していたが、なんと滞在中の2週間、ずっと快晴だった。ほとんど奇跡だ。

 

シャトルバスに乗っても快晴で、「これも日頃の行いがいいからだな」と一人納得し、ウキウキ。ウキウキしすぎて、電話したカミさんから、「本当、わかりやすい人だね・・・」と呆れられる

 

しかし、高速を抜けて、クライド川を渡り、彼方にグラスゴー大学の尖塔が見えつつ、市街に着くと、もうキュンキュンは止まらない。

 

寂しいこと、新しいこと。

 

今回の短期滞在では、留学本体の時期に比べて新しい発見がたくさんあった。例えば、クリスマス時期、市内の中心部 City Centreには巨大な観覧車や移動遊園地が設置され、夜は綺麗にライトアップされている。

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Buchanan Street & George Square

 

全然、知らなかった。

1年以上住んでたのに。

 

改めて、去年のクリスマス頃って何してたんだっけ?なんで知らないんだ?と思い返してみると、まあ当たり前というか、そもそも授業や勉強、課題に追われまくっていて、とてもでないが、シティセンターまで出てくる余裕がなかった。

 

クリスマスに限らず、よく考えたら、1年の間、大半の時間を家と大学と図書館しか往復していなかった。そもそも、シティセンターにいても、あまり他のことに関心が沸いていなかった気もする。せっかくなのにつまらんという気もしないではないが、留学って本来そういうもんだろ、という気もする。印象だが、真面目に留学した人ほど、思い出は図書館に集中するはずだ。遊びに行ってんじゃないんだから。

 

そういう意味で、今回の滞在はほとんどノン・ストレス。課題があるわけでもないし、何かに追われているわけでもない。将来の不安は引き続きあるが、留学中に比べれば腹も据わっているのだ。ストレスがないと、人間の感性は豊かになるらしい。

 

「あ、こんなお店あったんだ、へえ、ここってこんなだったけ。せっかくだからこの道歩いて、このお店入ってみようかな」

 

欲しがりません!勝つまではっ!みたいなあの頃とは、大違いだ。


少し寂しかったのは、以前このブログでも紹介した私の盟友、中国人の梁(リャン)くんや、同じく紹介した迷友ジュリアン(ドイツ人)、インドネシア人で親しかったクラスメートのIちゃんやUくん、他何人かの中国人の友達など、会いたかった友人が軒並みいなかったこと。なんとなくクセで「今夜呑みに行かない?」みたいなメールを梁くんやジュリアンに送りそうになるが、「あ、そうか。いないんだ・・・」と思った瞬間の寂寥感ったらない。改めて、留学は場所だけでなく、親しかった友人たちが形作ってくれるものでもあるんだなと痛感。

 

一方で、今回は留学中、意図的に会うペースを絞っていた日本人留学生とも、ここぞとばかりに遊んでいただいた。留学生としては1期下になるが、このブログを通じて私の留学終盤に家族ぐるみで仲良くしてもらったNちゃん、Mちゃん、Kくん、ブログを引き継いでくれたえむや、変人にして我が心の友であるH。

 

この日も翌日の卒業式を控えて、ホテルでのんびりしようかと思っていたが、折良く連絡してくれたHに、行きつけの格安のケバブ屋に連れて行ってもらい(ここも知らなかった。)、いい雰囲気のカフェでお茶に付き合ってもらった(ええ。ここも、知らなかった。)。このブログでも めおとのグルメ のコーナーとか作って外食してたのに、やっぱりほとんどCity Centreは開発しないままになっていた。反省というべきか、真面目に勉強していた証だと思うべきか・・・。


そんなわけで、帰国(?)初日は懐かしさだけで胸がいっぱいになり、翌日の卒業式に備えることに。

 

やっぱりいいわあ。スコットランド。

 

(次回に続く)

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Photo by RIck (iPhone 7): Kelvin River

帰国してみて。

 

こんにちは。リックです。

 

やっぱり働き出すと忙しく、かつグラスゴーを離れてしまうと日記書くのは難しいですね。このまま読者のみなさまが離れないよう、少し気合いを入れねば。。。

 

今日は帰国してみて感じることです。

先におことわりします。今日はものすごいつらつらした話で、留学される方には別に参考にはならんと思います。悪しからず。

 

参考になる話をしろ!という方は過去の記事か、三代目グラスゴー留学ブログ↓の記事をご覧ください。

postgraduateinglasgow.hatenablog.com

 

帰国してみて。

 

一番に思ったことは、

 

どうも、下を向いて生きているひとが多いような・・・。

 

ということ。

満員電車しかり、道端しかり、昼休みのちょっとしたスペースしかり。

もう驚くほど、サラリーマンに生気がない。しかも、ずうっとスマホの画面を眺めている。私も、勤めていたころはああだったんだろうか。サラリーマンだけでなく、髪の長いOLさんがひたむきにスマホゲームしている姿は、若干髪が垂れた貞子のようでもある。

 

幸い、帰国後の職場が近かったので、雨が降らない限り、私は息子の保育園までがらがらベビーカーを押して30分ほど歩き、さらに職場まで徒歩。満員電車とは関わらなくて済む。その時点で相当幸福だと思うが、事業所も・・・まあある意味小規模で・・・活気のある・・・場所なので、そんなに下向いてる人も少なく、東京にあっては幸福なんだと思う。

 

でもやっぱり、自分の状況はさておき、人のいなかったグラスゴーに比べると、日本は狭い。かつ、労働者、特にサラリーマンが暗い。なんでそんなに違うのかよくわからないが、少なくともスコットランドのサラリーマンは、きびきびしており、楽しそうにしていた。自転車で通勤するひともいれば、歩く人もいるが、スマホ見ながらなんて人は少ないし、下手したらまだ明るいうちからビールやワインで乾杯している。

 

日本だと、けしからん!となってしまうが、留学していた1年間、あの姿を見てしまうと、それの何がいけないんだろう?いいじゃない、楽しそうで、という感じがする。

 

一方で感じたことは、

 

日本は超絶清潔で、居心地がいい。

 

コンビニの店員さんでさえ礼儀正しく、郵便局をはじめ、事務作業にミスがなく、しかも早い。

 

下手したらお釣りを投げられ、ミスが当たり前で、しかもミスに気づかなければこっちが悪い、お客さんをほっぽらかして鼻くそほじりながらランチに行ってしまうのとは大違い(ちなみに全部、留学中の実話である。)。いやもちろん、みんながそういうわけじゃないし、気さくに楽しく接してくれるひとに会えば、日本よりも楽しくカフェやパブで過ごせることもあるんだけど。

 

よく、欧米の方が一人あたりの生産性が高いというが、そんなことは全然ないと思う。国としての生産力は高いのかもしれないが、私が滞在して感じる限り、彼ら個人の労働者はほとんど何も生産していない。帰国して改めて思うが、日本の末端従業員の生産力は半端ではない。

 

ただ・・・。

 

セットで考えると、どうなんだろう?

 

日本は、完璧を求めすぎなんじゃないか?別に、もうちょっと適当でもいいのではないだろうか。イギリス並に適当になったら亡国の危機だが、彼らのおおらかさはもうちょっと見習ってもいい気がする

 

順番待ち、気にしない。 お菓子の袋に穴空いてた?じゃあ取り替えるよ。 洗濯機壊れてる?修理はくるよ、そのうちね。

 

顧客もおおらかだから、一人一人の生産の質が低くても、国全体としては前に進んでしまう。多少雑だろうが、前進する。一方で、日本は細かいことにこだわりすぎて、遅くまで働く、頑張っちゃう。結果、ミスが少しでもあれば停滞し、国全体の機動力は下がる・・・なんてことが両者の違いにはあるのではないか、と帰国して感じる。

 

何もしなければ、何にもならない。

 

そんなことを考え、殺伐としているサラリーマンを脇からみると、留学するにあたって、仕事辞めてよかったかもしれない、と思う。

 

話は変わるが、帰朝報告も兼ねて、中学生のときの塾のH先生に会いに行った。H先生はいまも教鞭はとりつつ、本業は児童書の翻訳家。いつも何かしら、インスピレーションがもらえるので、今でも時々お酒をご一緒させていただいている。

 

あんまり詳しく書くと失礼なので、端折って書くが、H先生も元は大企業のサラリーマンだった。私同様(?)、企業名を聞けば、「いや普通辞めないでしょ」というようなところにいらした。でも結局、翻訳の道に飛び出して行かれたのだが、その話を伺ったときに、「あ、なんか俺もできるかもしんない」と思い、後年、私も組織を飛び出して留学してしまった。(ちなみに、他の塾の先生は、「じゃあ、リックくんをダークサイドに引き込んだのは、H先生の責任な訳だ」と指摘するのに対し、H先生は「いや、僕は何も指南してませんよ!」と抗弁されている。)

 

仕事なんか辞めちまえばいい、ということではないし、私は前職から学んだことは計り知れないので、全く憾み(うらみ)はないが、辞めてみて見えたこともある。

 

今回先生とビールを飲んでいて話していたのは、

 

何もしなければ、何もならない

 

ということ。例えば翻訳の話で言えば、まっさらな状態でノウハウがなくても、出版社に突撃してみなければ、(当然)本なんか出版できない。私も、いろいろやってみたいと思うことはあるのだけど、これもやってみないと、始まらない。

 

この当然といえば当然の真理に、意外にサラリーマンだった頃は気づいていなかった。サラリーマンだってそうだよ、と思われる向きもあるかもしれないが、やっぱりちょっと・・・感覚的には違う気がする。うまく言えないが、組織のバックアップも、チームや先輩の助けもなく、自分で全てを引き受けて何かする、というのはこんなに難しいのか(そして楽しいのか!)、と留学中、そして帰国してからぐいぐい感じるようになった。

 

グラスゴー時代、一緒だった友人たちの中には、まだ就活で苦労しているひとももちろんいる。でも、この、リスクも喜びも全部引き受ける、という醍醐味みたいなものは、みんな感じてるんじゃないか、という気もする(え?そんなことない?)。

 

まあ、結局誰かに雇われて就職するなら同じじゃん、という感じもしないではないが、つらつらと、いま書いたようなことを感じながら、生活してます。

 

まあ、非常勤とはいえ働き始めると、こういう感覚は薄れ、グラスゴーは遠くなっていくんですけどね。

 

せっかく留学で得た果実、忘れずに活かして、やりたいことがあれば、自分で取りにいく。何かを得るために、とりあえず何でもやってみようと、思います。

 

 

Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): A Shop of Oliebollen, Netherland

三代目に、引き継ぎます。

 

こんにちは、リックです。

思いがけず、急に就職が決まってしまい、忙しい毎日を過ごしています。

 

仕事は非常勤で、PhDの準備も進めつつ、他にもやりたいことがありつつ、妻も仕事に復帰し、息子は新しい保育園で大暴れ、、、と大忙し。グラスゴーははるか彼方になってしまいました。早くスコットランドに帰りたい(-_- )

 

三代目へ

 

そして!ついにと言いますか、このブログも三代目へと引き継ぐことになりました!tomoさんのMBAブログから始まり、私が引き継がせてもらったグラスゴー大学留学ブログですが、無事に次の代にバトンタッチすることができました。

 

三代目はこちら。

postgraduateinglasgow.hatenablog.com

 

執筆者は、こないだまで女子大生だったえむさんと、気鋭のイラストレーター、えぬさんが共同でやってくれます。しっかり者(しすぎ)のえむさんと、ややうっかり者のえぬさんがどんな化学反応を起こしてくれるのか、楽しみです。

 

二代連続でおっさんが執筆していたことを思うと、隔世の感がありますが、このリレー、行けるところまで行きたいよね、と関係者の間では話してますので、これまで読んでくださった読者の皆さま、これから読んでくださる方、ぜひ、応援してあげてください(^-^)

 

私自身は、ブログを通して、会うはずのなかったひとに出会えたり、色々な方に応援していただいたり、情報交換ができたりと、貴重な経験をさせてもらいました。

 

えむさんとえぬさんも、せっかくなのでいい経験にしてもらえたらと思ってます。更新はゆっくりでもいいので、楽しんでね。(それを私が言うか?という感じもありますが。。。)

 

それで、私の方は、、、

 

さて、私のブログの方ですが、グラスゴーも遠くなってしまったので、どうしようかなあ、と思っています。三代目の邪魔もしたくないですし。

 

・・・が、せっかく続けてきたし、まだ見ぬ友達とも知り合いたいので、なんとなく目指せPhDみたいな看板にかけ直そうかなあと思ってます。

 

グラスゴー大学は、来月卒業式もあるので、そういう意味でももう少し書くことはあるのかな。

 

そんななので、これからも細々と続けて行こうと思います。まだこれからも読んでやるぞ、という優しい読者の方がいらっしゃいましたら、ぜひこれからも、私の方もよろしくお願いします!

 

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Photo by Rick(All Copy Rights Reserved): The last moment of Glasgow 

別れと別れと別れの日

 

 

帰国してしばらくバタバタだったのですが、ようやく引越狂騒曲その他も終わり、少し落ち着いてきました。日本は秋風が吹いているらしいのですが、スコットランドに慣れた身にはこたえます。もっとも、暑がってるのは家族で私だけなんですが・・・。


今日は修士論文提出後の別れの時間について回想します。

 

あ、そうそう。このグラスゴー留学ブログリレーもついに3代目に引き継ぐことになりました!次回あたり、リンクと共にご紹介できるのではないかと思います。3代目のランナーは、初の女性です!おっさん二人が綴った2代にわたるブログが、この際、どんな風に進化してくれるのか、とても楽しみです。

 

最後のクラス会


前回お伝えした怒涛の(でも最後は虚しかった)修士論文の提出からすぐ、「16:03にブッククラブに集合!」というクラス委員のリーダーシップの下、地元のパブで打ち上げが開かれることになった。


グラ大最後の(いや、11月の卒業式でもう一度あるのかもしれないが)クラス会。既に帰国している面々もいるので、40人近くいたクラスのうち、参加したのは10人くらい。いつも飲み会はほとんど全員参加という仲のよいクラスだったため、数が減ったのは少し寂しいが、打ち上げ気分もあいまって、賑やかにビールの杯が進んでいった。

 

元々アジア勢が少ないクラスだったが、パキスタン人やインドネシアンはそれぞれのグループで打ち上げているらしく、周りを見てみると、アジア人は私一人。もっとも、今さらそんなことを気にする間柄でもないので、お互い何の遠慮もない。1年前、初めての飲み会では、関係作りに必死だったし、みんなが何を言ってるのかも早すぎてよく分からなかった。それが今では肩をたたき合い、笑って過ごせるのだから、英語云々以上に、いい1年を過ごしたんだなあと思うことができた。

 

それにしてもみんな若いな、と思ったのが、謎の’ビール卓球’。このブッククラブ、店内になぜか卓球台があるのだが、4面全てにビールを1パイントずつ配置する。そして、自分の面のビールグラスにピンポン球が当たった場合は、1口あおるというルール。恐ろしいことに、グラスにホールインワンした場合は、一気飲み。かつ、呑みながらピンポン球を追って走り回るので、私のようなおじさんには辛い。まさか、最後の日までこんな新手の洗礼があるとは・・・


アジア人が私一人ということもあってか、日本の話題も多くのぼった。日本に来たことのあるメンバーが楽しかった思い出話をしてくれ、私がトリビアを補足してまた和やかな雰囲気に。結構具体的に日本にみんなで来ようという話もあるらしく、その話も盛り上がった。日本人として振る舞ったというより、私らしく1年を過ごしたつもりだけれど、「日本人はいい奴だな」とみんなに思ってもらえたら嬉しいなあと思いながら、ニコニコしていた。


残念ながら、この日はもう一件別の予定があり、20時くらいには早引きすることにした。代わる代わるみんなから「会えてよかった」「寂しいよ」とハグしてもらい、恥ずかしながらグッときた。というか、いま書きながらまたグッときている。特に仲の良かったスコティッシュのピーターは、2回も3回もハグしてくれ、かなりグッときた。みんな、本当に1年ありがとう。これからも細くかもしれないけど、末長くよろしくね。

 

最初に会った外国人、最後に会った外国人

 

さて・・・、本来ならヘロヘロでホテルに帰ってぶっ倒れたかったが、この日はもう一件予定が。それは、何回かこのブログでも言及した、留学中、私の最高の親友だった中国人の梁(リャン)くん。

 

コースは違ったが、プリセッショナルで同じ寮に住んで以来、何かにつけ励まし合い、愚痴り合い、尊敬し合ってきた。正直、留学前後で中国人に対する印象はずいぶん変わった(いい方向に)。日本で思ってたよりもずっと礼儀正しく、人懐こい人がほとんどだった。中には日本語がとても上手な人も数人いて、これもまたいい意味で驚かされた。


ただ、梁くんはなんというか別格だった。日本語は話せないのでいつも英語であり、ときどき漢字で補足して会話していたが、思い返すと、とても違う言語で会話していたとは思えないほど、気脈を通じていた。バカバカしい話から政治や歴史の話、戦争の話から三国志に至るまで、本当に何でも話した。正直、マジメな話で私にずっと付き合える人間は、日本人の友人でもそう多くないと思う。そう言ったら、「俺もだよ。同胞にも言いづらい話が、リックにはできる」と言ってくれた。正直な話、私は彼のおかげで中国語の勉強をしてみようかと思うようになったし、柄にもなく図書館で鄧小平に関する書籍を手に取ってみたりしている。短期間で私にこんなにインパクトを与えてくれる友達に会うのは久しぶりだ。


あっという間に23時を回ってしまい、「お前、顔色悪いぞ。限界なんじゃないか」と言われたのをシオに、ホテルに帰ることにした。最近できたという彼女のノロケ話をひとしきり聞きつつ、やっぱりどうもお互い別れがたく、夜道でさらに1hほど話し込んでしまった。年に1回から2回は、日本か中国、ないしイギリスでの再会を約して、やっと帰ることに。


実は彼は、グラスゴーで最初にできた外国人の友達だった。最初はお互い何を言ってるか聞き取れなかったのも、今では笑い話。そして、その彼がグラスゴーで最後に会った外国人の友達になった。梁くんが最後にくれたメモがまた泣かせる。


海 内 存 知 己, 天 涯 若 比 鄰

お互いをよく知り、気持ちが相通じていれば、(たとえ遠く離れていても)ずっと隣にいるようなものだ。というような意味らしい。

 

世界は狭い。帰国してもスコットランドとも、中国とも連絡は取り合える(中国は若干めんどくさいが・・・)。地下鉄に乗っているときにクラスメートや、梁くんからメールを受信すると、やはり嬉しい。

 

この後、私はホテルでぶっ倒れ、翌朝5時の早朝便で日本に帰国した。ちゃんと起きたことだけは、自分を褒めてあげたい。

 

 

むあ。書いていたらうるうるしてきたので、今日はこの辺で。

 

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): University of Glasgow

修士論文あれこれ③ 〜決戦!修士論文提出〜

こんにちは。リックです。
今日はいよいよ、修士論文提の提出日についてご報告したいと思います。
最後までドタバタして、反省ばかりが残ります。

 

さて、今日のブログはドタバタ劇ですが、なぜこんなにドタバタしたかというと、英国の修士論文は、1分でも遅れると大減点、というのが原則だからです。

 

だいたい終わってはいるものの・・・。

私の予定では、締切1週間前には草案は書き上げ、その後、家族の引越しを手伝いながら、プルーフリーディング、印刷、内容チェック、製本・・・の予定だったのだが、現実は甘くなかった。というか、私の認識が甘かった。引越しは全く手伝えず、妻には頭があがらない。(わざわざお手伝いにきてくださった、N子さん、Mみさん、ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます)

 

草案を仕上げたいのに、細々したミスがでるわでるわ。「あ、そうだ、これ後で考えようと思ってたんだ・・・」みたいなのがいくつもあり、一つずつが意外に適当にこなせない難易度だったため、あっという間に時間が過ぎてしまった。最後の1週間の睡眠は、足して20hくらいだったと思う。

 

終わらない上に、焦りと睡眠不足ばかりが募ってゆく。提出が月曜日に迫るなか、土曜のお昼頃だったろうか、私の脳みそは不協和音を鳴らしながら、「もうダメ・・・」と言わんばかりに頭痛がし、全然働かない。既に家族は一足先に帰国していたので、私はホテルに缶詰だったが、下手するとこのまま無駄に何時間も寝てしまうのでは・・・。

 

迷った末、日本人の友人で鍼灸師資格を持っているSさんに相談したところ、なんと快くホテルまで来てくださった上、ごく私的に鍼を打ってもらうことができた。実は人生初の鍼治療で、ドキドキ。イメージとは裏腹にあまり痛いということもなく、Sさんのお人柄を反映してか、緻密かつ丁寧に、淡々と鍼が全身に刺されていく。治療が終わったあたりで、物凄い眠気に襲われ、そのまま泥のように5時間ほど眠っただろうか。

 

起き上がって最初に思ったのは、「しまった!5時間も寝ちゃった!」だったが、次に思ったのは、「あり?なんかものすごく身体が軽い」。脳みその重みもすっかりとれている。はっ!これなら行ける。あと2日はなんとか頑張れる。そしてまた猛然と机へ・・・。

 

お金貸して!

紆余曲折を経て、提出日の13時頃(ちなみに提出期限は16時)。「これ以上細かいことにこだわってると、おそらく終えられない」という思いもあり、かつ、印刷や製本のことを考えると、15時にはモノができていないといけないということもあり、無理矢理着陸することにした。1週間かけてやろうとしていたことを1時間でやるというあたり、既にハードランディングの匂いがぷんぷんするが、言っても仕方ない。

 

留学中いつも悩まされたのは、英語で作業する、というのは日本での感覚に比べると時間が思ったよりもかかってしまうということだ。このときもそうで、作業終えたのが15時20分。急げ急げ急げ急げ急げ・・・。ああ、もうダメかも・・・いや、やれるだけのことをやるのだ、と自分を鼓舞してコピー機の前に立ち、カラー印刷のボタンを押す。とりゃっ!

 

 

・・・。

 

・・・。

 

【コピーカードの残金が足りません】

 

 

うそっ!?と思い財布を開けると、残金20ペンス・・・。こう言っては申し訳ないが、いつもスタバの近くでおしゃべりするホームレスのおじさんだって、もうちょっと持ってるだろ。

 

図書館内にはATMはない。最も近いのはフレイザービルのATMか。うーん。時間ないなあ。そう思いながら走り出すと、MBAの美人留学生、Kとバッタリでくわした。

 

「あ、リック、久しぶり〜。元気だっ・・・」

 

「K!!お金貸してっ!!」

 

「・・・は?」

 

事情を手短に説明すると、Kは財布をあけ、あんまり入ってないけど・・・と言って全額を手渡してくれた。なんか、いわゆる寸借詐欺のようでもあるが、こういうとき、中国人はとても大らかに助けてくれる。

 

Kのおかげでなんとかコピーも進み、A4サイズの印刷をする間に、既に刷り上がったA3サイズの紙をA4サイズに折りたたんでいく。自慢じゃないが、役所時代、審議会の準備や国会対応で何百回もこなしたため、コピーと資料セットにかける事務能力は半端ではない。いや、何を胸張ってるのか自分でもよく分からないが、ともかくあの経験がなければ短期間での仕上げは不可能だった。

 

さて、15:40。もうダメだろ。どう頑張っても20分で、いや、事務棟に走り込む時間を考えると、15分で製本できるはずがない・・・。

 

さすが英国・・・?

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当日の動き。猛然と、走る。

 

学部からグラスゴー大学を卒業したクラスメートに聞いた、「時間が差し迫ったら、SRC(生協のようなもの)が最後の砦」というアドバイスを元に、キャンパスの坂を猛然と駆けおりる。既に製本を終え、猛然と坂を走り登っていく他のコースの学生たちとすれ違う。

 

SRCに飛び込み、さすがにもうダメかなと思いながら、「何分でできますか!?」と聞いたところ、修論提出日の事情をよ〜くわかっている事務員さんは不適な笑みを浮かべ、「5分」と答えてくれた。すごい!クラスメート情報はやはり侮れない。製本の出来も悪くなく、残り10分。猛然と坂を駆け上がっていくと、クラスメートのマット(ロンドンっ子)とノルウェー人のクリスが猛然と坂を駆け下がってくる。

 

「リック!間に合うね!よかった!」

 

「おう!頑張れ!希望を捨てるな!」

 

と、すれ違いの1秒。

坂を駆け上がったところで、スポーツジムの脇にある、これまた早くて安いと評判の店で製本したドイツ人のポールが猛然と(この表現何度目。)走ってきた。ようリック!なんとかなったな、と言いながら、二人で事務棟に駆け込んだ。

 

 

・・・。

 

・・・。

 

「事務室の扉・・・開かないんだけど。」(私)

 

「は?いや、そんなわけないだろ。あれ?ほんとだ」(ポール)

 

 

時間は?いやまだ4分あるぞ、と言いながらドアを眺めまわすと、紙ぺらが一枚。

 

 

【本日の業務は終了し、事務員は帰宅しました。修士論文の提出は右にある青い箱に入れといてね】

 

 

・・・。いや、締切関係ないじゃん。

 

遅れて走ってきたクラスメートや、他のコースの学生も口々に不満を言っていた。さすがイギリス。まじかイギリス。

 

ゴトン、と青い箱に修士論文が落ちる音がまたむなしい。

 

そういうわけで、怒涛の提出となり、思ったほどの感動もなく、むしろ今見返すと細かいミスが目立つため、ちょっと消化不良でした。この論文の成績如何によっては、博士行きの可否も左右されるので、もう少し何とかしたかったが、まあ、もう言っても仕方ない。スーパーバイザーが細かなミスよりも、中身で評価してくれることを祈りたい。


この日は、深夜まで打ち上げ、翌日早朝便で日本に帰国したのでした。

 

 


・・・ああ、疲れた。

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): A Church at Cambridge

修士論文あれこれ② ~セメスター2(春学期)の過ごし方~

 

こんばんはリックです。

 

何を隠そう既に帰国しているんですが(!)、まだ結構書くこともあるので、もうしばらく徒然と書こうと思います。

 

===とりあえず、この下書きを書いていたころの話===

 

最近、毎晩深夜まで図書館にこもっているためか、遊んでもらえない息子は欲求不満らしく、毎朝キッカリ6:30頃ベッドルームにタタタッと走り込んできます。

 

ぱぱっちーーっ!るーーーっく!あい・めいど・いっと♡」 (訳:これ作った!見ろっ!!)

 

布団の合間から除くと、ブロックで作られた何か・・・オブジェみたいなのがぎゅっと握られています。ああ、眠い・・・。

 

ぱーぱっちーーーーっ!!」 (訳:起きろーーーーっ!!)

 

ひいい。眠いい。もうちょっとだけ、寝かせてください。

 

No。ソレ、ダメ。

 

はい。日英双方の言語で却下してくれて、大変明解ですね。。。

 

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・・・。

 

さて、現在に戻って、修士論文、今回は冬休み〜セメスター2+夏の過ごしかたを振り返します。 

 

 

冬休み明けに

クリスマスくらいまで、怒涛のエッセイ祭りがあり、正直年越し周辺はぐったりしていた。ただ、コースディレクターからは、「冬休み中に基礎リーディングを終え、明けと同時にリサーチトピック(何について修士論文を書くか:のちのタイトル)を決めること。」という指示をもらっていた。

 

正直、燃え尽き症候群気味だったこともあり、そんなに真面目に基礎リーディングができていたとは言い難い。この頃もっと色々読み込んでおけば・・・という思いもないではないが、燃え尽きていたのだからしょうがない。当時の気持ちを思い起こすと、将来への不安とか、そういうことで落ち込んでいた。セメスター1の間、突っ走っていたこともあり、あの冬休みは本当に落ち込んでいたと思う。

 

ただ、やりたいことは前から決まっていたので、リサーチトピック自体はあまり迷わなかった。あえて言うと、元々用意していたもので行くか、もう少し自分の得意な路線、あるいはのちの就職に役立ちそうな路線で行くか、少し迷っていた

 

結局、「スケベ心は事故のモト」という妻の格言に沿うことにし、元々やりたかったトピックに決めた。要するに、「就職だのなんだの、スケベ心を出していると、結局なんにもならない」という意見なのだが、この意見は、留学前も途中も現在も、大きな指針になった。やりたいことをやると決めた以上は、ちゃんとやれ、ということでもある。

 

この頃、クラスメートの一部は内々に希望の教官に打診し、スーパーバイザーの内諾を得ていたり、コースディレクターと会って相談したりしていたらしい。後から聞いて、ぼーっと過ごしてしまった自分の姿勢は大いに反省した。

 

’魔のゴールデンウィーク’とプロポーザルの提出

 

セメスター2もぼちぼち、というかかなりシゴかれ、スプリングスクールに行ったこともあり、ボロボロの体で終結した。4月〜5月は、私的には’魔のゴールデンウィーク’だった。毎週のように5000語前後のエッセイや政策レポートの提出締切があり、しかも最後の週は、修士論文のプロポーザルの提出締切も重なった。プロポーザルは3000語目安と言われており、他の課題をやりながらの準備はかなりしんどかった

それでもほうほうの体でプロポーザルを書き上げ、なんとか提出。友人からMBAのプロポーザルでさえ500語なのに、と聞かされたときのショックは今でも覚えている。毎週のディスカッションといい、課題といい、うちのコースの濃度はやたら高かった・・・いや、まあ、それでよかったけども・・・。

 

このあたりで、確か親しい日本人修士学生だけで勉強会をさせてもらった。私自身は、2週間に一回くらい、クラスメートとディスカッションしていたが、やっぱり母国語でディスカッションできたのは実りが大きかった。特に、私の代は既に論文投稿経験のある医師の方や、大学教員の方もいたため、(「方」と言ってみたが、いまや良き友人)実践的なツッコミもいただいたり、質的研究について教えてもらったりできて、いい機会になった。

あとは、ときどき前回ご紹介した学内講座に出たりして、修士論文の書き方のおさらい。

 


そして、夏期間へ。このあたりになってくると、もうブログに特筆するようなことはない。ただひたすら、図書館に行って論文読んで、進捗しない自分に落ち込み、資料をまとめ、落ち込み、分析し、書き進め、また落ち込む。

 

 

そして、最後のハイライトは論文提出日でした。
次回は、「決戦!最終日」をお送りします。今回は備忘も含めて、淡々と書きましたが、次回は、ネタです。

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Natural History Museum, University of Cambridge