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Hi, there. Glasgow

Study in Scotland

英国大学院留学に必須。IELTS対策編 - 総論・・・に入る前に。 -

こんにちはリックです。

スコットランドもちょっと陽が伸びてきました。夕方5時でもまだちょっと明るい。

(冬は3時過ぎくらいには暗くなり始めるので・・・)

 

さて、前回予告したとおり、いくつか相談をいただいたこともあり、今回からIELTS対策について書こうと思います。・・・まあ、私が書く事なので、真面目な事も書きつつ、バカなことも書きますので、その辺はご容赦ください。

 

苦しかったIELTS

さて、留学準備にあたって、多くのひとが辛い思いをするのが、Camblidge IELTSテストだと思う。要するにTOEFLのイギリス版であり、どんなにモチベーションが高かろうが、推薦状や経歴が素晴らしかろうが、このスコアが出ないと基本的に留学はできない。

ある程度名前の通った大学でオーバーオール6.0-6.5 (サブスコア 5.5-6.0)、グラスゴーやブリストルなど、そこそこの名門大になると、オーバーオール6.5 (サブスコア6.0以上)が標準になる。LSEやUCL、エジンバラ大などのトップスクール群になると、7.0のサブ6.5、ケンブリッジやオックスフォードなどの超名門校は7.5のサブ7.0が相場。ちょっと足りなくても「条件付き合格(Conditional Offer)」をもらい、プリセッショナルコースに行く事で入学できることもあるが、心の安定のためにも、早めにスコアを得ておいて損はない。ていうか、早く出した方がいい。

 

だいたい、みんな辛い思いをするようで、先日のグラスゴー9新年会でも、「何回受けたか」は結構話題になっていた。回数は少ないひとから多いひとまで、まちまちだったが、「2度と受けたくない!」というのが共通の感想だったと思う。

 

理想のスケジュール感

この「IELTS編」を書こうと思った直接のきっかけは、役所時代の部下だった子からメールをもらったことだった。中央省庁には結構自治体の若手職員が派遣されていて、私も一時、自分の部下4人のうち3人とか、5人のうち4人が都庁や市役所からの派遣職員だったこともある(余談だが、彼らは「研修生」と呼ばれ、でも実態は貴重な戦力として強制労働に就いていただいている。・・・部隊の9割が外部の人間で占められてるのに、「研修」で済むわけないですもんね。)。そういうわけで当然ながら、北は北海道、南は沖縄まで、その自治体のスーパーエースが送られてくる。

 

上に書いた彼女もそんな一人なのだが、さすがはスーパーエース、既に中堅校1校と名門校1校からオファーをもらったらしい。しかし・・・。

 

「か・係長・・・(※)。あ・IELTSがやばくて、プリセッショナルも怪しいかもしれません・・・。」

※彼女の上司だった当時、リックは彼女の係長でした。

 

・・・おい、スーパーエースよ。せっかく合格したのに、完全にかつての俺と同じ悩みを抱えているではないか。

 

そこで、(彼女には既にアドバイスしてしまったのですが、)ブログにも今、IELTSがやばくて悩んでいる方のために、今日から始められる改善法を書きたいと思う。ただし、残念ながら特効薬は、ない。地味なことを毎日やるのが一番確実だ。

 

まず、一番大事なのが試験を受ける以前に、スケジュール感。基本的にOA 6.5レベルが必要なひとで、プリセッショナルコース(以下PC)に行って、コンディショナルからアンコンディショナルにする場合、大体は6月中旬から2ヶ月くらいPCに通うのが相場かと思う(※1)

※1 大学によって異なるので、必ずスケジュールは早めにご自身で確認してください。

 

かつ、大抵はPCに行くためには、通常のIELTSでなく、IELTS−UKVIという、内容はほぼ同じのに値段だけやたら高いという利用者的にはムカつく試験を受ける必要がある(※2)。回数も限られているのと、PCに行くためのスコアが出た時点で、大学からCAS(キャス、もしくはカースと読むそうです。)を発行してもらい、ビザ手続きに入るのが一般的だ。ビザは高額版の最速申請でも10日はかかるはずなので、逆算すると、大体4月までにはIELTS-UKVIを受け、5月アタマには成績表が手元にないと、厳しいかと思う。成績がちょっと足りない場合は、たぶん1ヶ月のコースとかもあると思うので、その場合、もう少し猶予があるかもしれない。いずれにしても、ここのスケジュール感は特に大事なので、今の時点でスコアに自信がない人は、まず、スケジュールを逆算してしっかり準備することをお勧めする。

※2 2016年3月時点ではそうでしたが、英国の入国管理制度はコロコロ変わるので、これも、必ずご自身で早めに確認し、スケジュールを立ててください

 

スケジュール感:リックの場合

私自身は、10月に受けたIELTSをリスコア(再採点)申請したところ、1月にアンコンディショナル水準に届いたため(OA 6.5, R 7.5, L 6.5, W 6, S 6)、PCはのんびり準備のために行けばいいやと思っていた。・・・が、ブリストル大からは、「アンコンなんでUKVIはいりませんよ」と言われた一方、グラスゴー大からは、「アンコンでもUKVIは別途受けてください」と言われてしまった。入管手続きに必要な書類がズレるのは役人出身の私としては違和感ムンムンなのだが、何度抗議してもダメなものはダメ。慌てて、4月の半ばにIELTS-UKVIを一発勝負で受けたところ、結果は・・・、

 

OA 6.5, R 7.5, L 8, W 5, S 6

 

・・・。優秀なんだかバカなんだかわからない判定となった。PCの入校基準はOA 6のサブスコア5.5だった気がするが、悩んだ末、大学に交渉したところ、「既にアンコンだし、W以外のスコアはいいので、特例でOKにします」ということになった。ただ、この交渉やらなんやらの上に、何度催促してもCASを発行してもらえず(※3)、結局ビザ申請は通常版では間に合わず、高額の最速版を利用した。

※3 半年以上いて今は慣れたが、イギリス人は本当に仕事しないので、日本人的感覚できっちり事務が処理されると思っているとひどい目にあいます。スケジュールは余裕を持って、そしてどうも遅いなと感じたらビシバシ催促した方がいいと思います。

 

まあ、そういうわけで、アンコンを持ってる人でも、全体のスケジュール感は年明けの今からは特に大切になるので、大学のHPやブリカン、英国入管のHPなどをしっかり確認しておくといいと思う。

 

苦しかったIELTS (再)

そういうわけで、IELTSはこの時期になってくると、それ自体も精神的にストレスだが、全体のスケジュールを圧迫するという意味でも辛い。私は当時、今はアメリカのミシガン大学に進んだかつての腹心の部下であり、今は親友となったNちゃんと、会うたびに誓い合った。

 

「係長、ボクがアメリカ大統領になったら、ETSを潰してTOEFLを廃止します(涙)!」

 

「Nちゃん、俺がイギリス首相になったら、ブリカンを潰してIELTSを廃止するぞ(涙)!」

 

残念ながらアメリカの大統領はトランプになったし、私がテレサ・メイに代わる日は来ないと思うが、今思い出しても、IELTS(or TOEFL)はそれくらい辛かった。全て自分(たち)の努力不足のせいだと言ってしまえばそれまでだが、勉強をサボってきた自分のせいだとわかっていても、スコアが伸びないのはブリカンのせいだと思いたかった

 

========

そういうわけで今頑張ってるひと、悩んでいるひとに、これからの数回が少しでも何か足しになればと思います。最初に書いたとおり、特効薬はないので、どこまで役立つかわかりませんが・・・。

 

でもすいません、既に3000字になってしまったので今日はここまで。

 

今日はスケジュールの大切さと、誰にも等しく辛いから頑張って、ということをお伝えしました。次回からスコアアップ法を、総論→リスニング→リーディング→ライティング→スピーキングの順にアップします!

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Necropolis

 

拡大!グラスゴー7(日本人会)の新年会。

 

ご無沙汰しています。リックです。

年明け早々スランプに陥ってしまい、論文を読んでいてもアタマに入ってこないわ、その割に授業の内容はディスカッション中心だわで、家に帰ったらぐったり、ついていくので精一杯な生活をしていました。 やっと、脱しつつあるのか、授業での発言量も増え、リサーチプロジェクトもいいメンバーに誘ってもらえることができ、好循環に持っていけそうです。

 

さて、それはともかく、以前ご紹介したグラスゴー7の第二回飲み会を行いました。

 

勢力拡大?

ある学内統計によると、中国人学生はうちの大学に1000~3000単位でいるらしい。それにムスリム系国出身者が続き、次いでインドネシアなどが100人前後、そしてニッポン人はなんと学部と合わせても40人くらいらしい。

 

「おお、生の日本人見るの初めて!」

 

とか、よく言われる。もっとも、私のクラスでは中国人もいないので、アジア人自体珍しく、最初は中国人とよく間違えられる。そして、いや、ニッポン人デス、と言うと上のようなリアクションに。。

 

もし上の日本人の数が本当だとすると、グラスゴー7って7人もいるのかあ、以外に割合高いじゃないか、と思っていた。まあ、いつもつるんでいるわけではなく、何となくフェイスブックのグループで情報交換をしたり、気が向いたメンバーで(かなりたまに)出かけるほかは、ほとんど学内で会って「ああ、お久しぶりです」みたいな雑談をするくらいの緩い関係だ。気軽で気楽、束縛し合わないいい関係だと思う。

 

というわけで、ずっと7人では顔を合わせる機会がなかったものの、久々に新年会で顔を合わせることに。さらに、今回はなんと、グラスゴー大学から分派独立したStrathcryde大学のMBA生のHさんと、この1月から博士課程にいらしたIさんも参加いただきました。

 

このブログを通じて知り合ったり、tomoさんのブログを通じて知り合ったり、なかなか輪が広がってきてうれしい限り。

メンバーも、数ある英国の大学から、わざわざグラスゴーを選んだだけあって、キャラが立っている人ばかり。みなさんプロフェッショナルなので、そこも尊敬できつつ、バックグラウンドもいろいろなので、話も面白い。

 

結局日本食レストランでごはんを食べるだけでは物足りず、近所のパブになだれ込んで、深夜まで宴は続いたのだった・・・。そして、市外に住んでいるEさんは、終電に向かって走る、というかなり日本っぽい終わり方をした。

 

余談: 日本食レストラン・ナナクサ

ところで、会場は、City Centreにある和食レストランNanakusaに。ここは女将さんのMさんが日本人で、とてもフレンドリー。味も、グラスゴーではここ以上の日本食は望むのは難しいかも。Mさんはエネルギッシュな方で、数か月に一度、地元向けにスシ・ワークショップも開いている。ナナクサレストランのスシも上手いが、正直彼女のスシは、超うまい。イギリスでタイやスズキの刺身が食べられるとは・・・。私はワークショップは課題があるので行けなかったが、妻子が参加させてもらったが、かなり盛況だったとか。

 

年末には、熊本地震の被災者支援も含めたチャリティーイベント、その名もSUSHI・NIGHTを開いていたらしいが、それも行列で大変だったらしい。

 

グラスゴーに留学したら、あるいは旅行で気が向いたら、ぜひ一度。

 

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ところで、ここ1か月ほど、個別に留学にかかる費用や、IELTSについての相談などをいただきました。なんとなく回答していて、ブログに書いてもいいかもしれないなあと思ったので、次回以降、少し書きたいと思います。

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Glasgow Cathedral

UBERドライバーに学ぶ社会学@グラスゴー

こんにちは。

リックです。セメスター2が始まりました。大学院留学後半戦は、より専門的になった内容のクラスになり、マニアックな内容に不安を感じつつも、一方でワクワクしています。

 

始まったばかりで動きもないので、今日は別の話。今話題のUBER・・・の運転手さんの話を書きたいと思います。

 

市井(しせい)の声

 

グラスゴーにいて、ちょっと出かけるとき、特に家族で出かけるときに絶大な威力を発揮するのがUBERだ。お値段は正価の5〜7割くらい。携帯のアプリで呼び出した場所に来てくれて、事前に見積もりも出してくれる。例えば、うちから空港までバスで行くと、シティセンターまででたりなんだりで1時間くらいかかってお値段15ポンドくらいだが、UBERを利用するとドア・ツー・ドアで20分くらいで、お値段20ポンドくらい。子育て世帯には重宝します(※ロンドンでは同価格帯が「乗り合い」だったので、割高になるようでした。)。

・・・まあ、UBER自体は雇用(厳密には個人事業主扱いのようだが)に問題がある等々、いろいろ指摘されているようなので、サービスについては、イチ利用者として便利だという感想を述べるにとどめたい。

 

私の感覚的な話だが、正規の組合に所属しているタクシー、いわゆるキャブ(イギリス伝統の丸っこいかわいいタクシー)の運ちゃんは白人系が多いのに対して、UBERドライバーは軒並み移民や、低所得層の白人が多い。

 

そして・・・どうも私は運ちゃんに話しかけられる率が高い

実は、日本でもそうだった。日本ではUBERでなく、普通のタクシーの運ちゃんだが、どうも話しやすいのかなんなのか、いろいろな話を聞かせてもらったり、教えてもらったりした。

 

少し話が逸れるが、私はいわゆる官僚の一員だった頃、世の中の実感を聞くならタクシーの運転手さんだと思っていた。日本のような先進国でも、いや先進国だからこそかもしれないが、運転手さんたちの勤務環境は過酷だ。ときに3日間寝ていない方もいたし、お客さんに暴力を振るわれたり、歩合を理由に給料を大幅にカットされる方もいた。変なおっさんもいたが、私にいろいろ教えてくれたおじさんたちは、おしなべて真面目で、東京の地図がカーナビより詳しく頭に入っている、ベテランドライバーたちだった。

 

「ここはねえ、交通安全強化月間になると、停止線を5cm超えただけで警察が止めるんですよ。罰金や営業補償は自腹ですわ」

 

「経済がうわ向いてるってのはねえ・・・どこの国の話なんだか。大企業の周りだって、乗る人は減ってるしねえ・・・あんまり景気がいいってのは、感じませんねえ」

 

「雨の日は分かりやすいですよ。景気がよければみんな無理しないけど、今はほら、近くならみんな無理するから。」

 

・・・こう書くと、私がタクシー乗りまくってたかのように見えるかもしれないが、そんなに給料は高くない。どういうわけか、たまに乗ると、大抵はいい運転手さんがいて、しこたま経済現況のレクチャーをしてもらえただけだ(念のためですが、基本は自腹ですよ。公務であっても。)。

 

「いやあ、リックくん。働いてばかりいちゃダメだぞ。たまには有給とってでも早く帰ってだな。夕方の街がどうなってるか、買い物してる人、商店街がどうなってるか、よく見て、感じなさい」

 

これは、私が職場で最もお世話になった上司、Wさんの言葉だ。そういう教育の賜物なのか、タクシーの運転手さんは、私にとって市井の声を聞くチャンスというか、世の中ズレしている霞が関でまともな感覚を保ついい機会だった(保てていたのかは、ちょっと自信ないが)。

 

そういうわけで、官僚ヤメてグラスゴーに来ても、やっぱり運ちゃんは私にとってよき社会学の先生かなと、ここでUBERを利用するたびに思う。(キャブは高いのと、あんまりそういう会話の交流は期待できない。これも感覚的な話だが。)

 

人生いろいろ

 

一番多いのは、パキスタン系だろうか。独特の中東、というか中央アジア訛りはかなりのものだが、えてしてフレンドリーで、家族を国に残してきた人が多い。

 

あるドライバーは、パキスタンに奥さんと子供を残して、出稼ぎにきていた。お子さんは3歳の男の子。毎日スカイプするが、やはり可愛くてたまらないし、寂しいよねえ、と言っていた。子供をあやすのが上手で、機嫌悪く泣いていた我が子を、運転しながら私よりも早く泣き止ませてしまった。

 

ほかに、移民2世で、ダンディー大学を出て、北海油田で働いていたが、お母さまが透析が必要になり、お子さんとの時間も取りたいからと転職したひともいた。高給だったんですよと胸を張る姿には前職へのプライドも感じた。ただ、ずっと海上で過ごしていては充分に時間も取れないからねえ、今は満足してるよ。と言っていた。

 

そういえば、私においしいインド料理のお店を教えてくれたのも、パキスタン系のドライバーだった。そのひとも移民2世だったが、ご両親はアバディーンに移民したらしい。40〜50年前くらいの話だと言っていた気がするが、当時の英国、スコットランドの貧困家庭にはセントラルヒーティングがなく、ご両親は冬の日、ガタガタしながら震えて、彼を育て上げたらしい。すごい明るい方で、最近までコンサル企業で高級取りだったが、ブレグジットに伴う株安でリストラされたらしい。でも、「再起するまでのつなぎさ」と、笑っておられた。

 

他にも、スコットランドの大学で博士課程を終えて、でもいい仕事がなく、友人から借りた車でUBERを運転している人もいた。年明けから一度パキスタンに帰る、不安はあるが息子に会えるのが嬉しい、と言っていた人もいた。今頃、お子さんに会えたかな。

 

・・・いかがでしょうか。長くて恐縮なんですが、ここまで読んでくださった方は私が話しながら感じていることを、同じく感じてもらえるでしょうか。

 

正直、私も将来には不安はいっぱいあるのだが、彼らと話していると、私の悩みなどまだまだ駆け出し、小僧もいいところだなと、思う。

 

最後に、直近でお話したドライバーさんは、イランからの移民だった。中華スーパーマーケットに行った道すがらだったということもあるが、「ニイハオ!」と元気よく隣国の民と間違えられたことをきっかけに、色々会話が盛り上がった。そして・・。

 

「この話って・・・お客さんにするの初めてなんですけどね。もう20年になりますかね。私は、石油会社のメンバーとしてここに来たんですが、そのまま残っちゃったんです」

 

つまり、亡命した、ということだ。

今は奥さまと平和に暮らしていること、国に残したご家族とはその後会えていえないことなども話してくれた。

 

「う・うーむ・・・。なんというか・・・。毎度のことだけど・・・。」(by私)

 

「ま・毎度のことだけど・・・。身につまされますなあ・・・。」(by妻)

 

どうもUBERに乗ると、乗り終えたあと、しばらく我が夫婦は打ちのめされ、しばし反省会となる。ほぼ、毎回だ。汗

 

 

さきほど述べた役人時代、日本のタクシーの運転手さんたちは、降車の際、決まって「頑張ってね!」と言ってくれた。

 

そしていま、UBERの運ちゃんたちも、示し合わせたように同じ言葉をかけてくれる。

「Good Lack for your study, Rick!」(勉強、頑張るんだぞ!)

 

 

頑張らないといけないよなあ。

・・・いつも、そう思うんです。少なくとも、タクシー降りたときは、ね。

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Amsterdam in fog

家族で初詣にゆく@グラスゴー大聖堂

 

改めまして、明けましておめでとうございます。

昨年はこの拙い文章のブログをお読みいただきまして、ありがとうございました。

今年も、これからセメスター2、修士論文ということで、精一杯頑張りつつ、ブログも(なるべく)更新したいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

大晦日ホームパーティー

グラスゴー7(グラスゴー7については、こちら)の一人、Yちゃんと偶然図書館で会った際、「いやあせっかくなら皆でおせちでも食べたいですよねえ」という話になったのがきっかけだった。まあ、おせちは無理としても、近所に住んでる日本人に我が家に来ていただいて、日本食(風なもの)で年越しもいいかな?と妻と相談したところ、じゃあやろうということになった。

 

当日、家に来てくれたのは家の近くに住む、くだんのYちゃん、それとは違うYさん、そしてMBA生のY太だった。・・・Yだらけだね。巨大・中華スーパーマーケットのSeewooで買い込んだ食材を駆使し、巻き寿司、おでんなどなどが所狭しと並び、私が近所の魚屋で発見したスコティッシュいくら(サーモンエッグ)と、Y太がロンドンで買ってきてくれた銘酒・獺祭が華を添えてくれた。

 

そして、私が一番PRしたいのは、こちら↓。今回初めて作ってみたラーメン

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豚・鶏・煮干しなどを煮込んでスープを一から作り、卵やチャーシューも作った。正直、めちゃうまかった。もし、修士課程が終わって就職できなかったから、グラスゴーでラーメン屋を開いてもいいくらいだ。残念ながら、もう一人くる予定だった日本に留学経験のある中国人のAちゃんはこれなかったが、「年越し(中華)そば」ということで、にぎやかに、麺をすすりながら年を越すことができた。

 

初詣、行きますか。

しかし、賑やかで本当に楽しい年越しだったが・・・、どうも年を越した感じがしない。やはり紅白やカウントダウン、あのめちゃめちゃうるさい正月のバラエティ番組やコマーシャルがないからだろうか。きまぐれにYoutubeで紅白にアクセスしたり、日本のCMにアクセスしてみるものの、そこかしこにPico太郎がいて、虚しさは募るばかり・・・

 

「んじゃあ、まあ、初詣でも行くか」

 

我ながら、名案だったような気もするが、せっかくなので初詣に、そしてせっかくなのでまだ行っていないグラスゴー大聖堂に行くことにした。余談だが、我が家では妻と付き合ってから結婚し、出産にいたるまで、仕事の都合やらなんやらで引越ししまくりだったため、毎年初詣先は変わっている。

 

 2014 湯島天神(東京都)

2015 白山神社(新潟市)

2016 白山神社(東京都)※白山違いです。

2017 Glasgow Cathedoral(Scotland)

 

相当節操がない感じだが、「神様に軽重なし!」という妻の、訳のわからん断言のもと、ご当地主義が続いている。今回、ついに宗教までかわったよ・・・。まあ、日本人たるもの、宗教には柔軟ですからね。

 

信じられないほどの抜けるような青空に恵まれ、かつやっぱり人が少ないので、無事に正月気分でグラスゴー市内をぶらぶらと散歩し、大聖堂までたどりついたのだった。この大聖堂のあるイーストエンド付近は、実はもともとグラスゴー大学が設立された場所だ。後のスラムクリアランスか何かで現在のウェストエンドに移転したが、本当は、こちらが本家らしい。現在は分家のStrathcryde大学が居を構えているのが、また因果を感じさせる。言うだけあって、とても趣のあるエリアで、裏手にはエジンバラのヒュームの丘と見紛うような立派なネクロポリス(墓地の丘)がそびえている。

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Glasgow Cathedoral

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Glasgow Cathedoral 2

 

私のプルーフリーダーである英国人のJじいさんからは、グラスゴーで一番の名所は「それハねくろぽりすデスネ」と言われ、なぜ墓場??と思っていたが、確かにすごい絶景。たぶん市内では一番標高も高く、360度見渡せる素敵な場所だった。

 

なんとなく深夜まで続いた大晦日の酒盛りで力尽き、元日は寝て過ごしたため、青空の下、家族で新鮮な空気を吸ってリフレッシュできたのでした。よし、今年も頑張ろう!まずは、セメスター2、頑張ろう!

 

というわけで、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

2017.1.3. Rick

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Necropolis, Glasgow

次世代へと続く友情。@オランダ

 

どうも。リックです。

日本では既に年越しのようですが、グラスゴーは時差の関係でまだ午後5時なので、あけまして・・・はまだ言いません。笑

さて、年内?ギリギリで、 クリスマスをオランダで過ごした、きっかけとなった友情の話をしたいと思います。

 

遡ること30年・・・

 欧米に留学したら是非とも訪れたかった国がオランダであり、理由は長い長い付き合いの友人がいるからだ。その私の友人、Wはオランダで弁護士をしており、私の30年来の友人でもある。私が32歳なのに30年の付き合いなのだから、相当古い。ぶっちぎりで最長の友人だと思う。

 

 およそ30年前、私の父親はオランダの名門、ユトレヒト大学の博士課程に留学した。しかも、血筋なのかDNAのなせる業なのか、私同様、子連れ(私)で!

 母親は英語はそこそこだったようだが、毎日曇り空のオランダで、しかも当時のユトレヒト市は日本人など全くおらず、かなり寂しい毎日を送っていたと思う。(先日、孫に会いに来た母の、グラスゴーに対するコメントは、「へえ、結構日本人いるのねえ」だった。まじかよ母ちゃん、中国人の3000分の1くらいと言われてるんだぜ。)

 いつものように公園でリック(1歳半くらい)を遊ばせていたところ、何やら不審な、なんと袢纏(はんてん)を着た子連れのオランダ人女性が近づいてきたらしい。いろいろ一方的に話しかけられ、「家に遊びに来ないか?」と誘われ、(普通なら絶対に行かないが)、私の母ちゃんは着いて行ったらしい。

 嘘みたいな話だが、あれよあれよと仲良くなった二人は長い友情を育むことになり、ついでに息子たちも長い友情を築くことになった。

 

ならせっかくですから!

 Wは、オランダでも有数の弁護士事務所に所属している傍ら、ITCを活用した法律・ビジネスコンサルティングを一括して行う事業の起業を準備している。それで、ウェブサイトのデザインを日本人に依頼したいとかで、私もこの半年くらい、起業準備のお手伝い・・・主に日本語への翻訳をお手伝いしていた。

 といっても、もちろんかつてペラペラだったオランダ語は忘却の彼方なので、オランダ在住の日本人女性Kさんがオランダ語から訳したものを、私が自然なビジネス日本語に直す方式にした。

 

「そういえば、いつオランダにくるよ?」

 

 いつものように訳の意味を聞いたり、私の大学生活の悩みを聞いてもらっていると、そう切り出された。そうそう、行かなきゃって思ってたんだよ。

 せっかくならクリスマスに来てくれたらいい、というお誘いもいただき、ついでにオランダの片田舎に引っ越した彼のご両親のカントリーハウスで過ごすことになった。せっかくですから、ということで、こちらはもちろん、私の第二の両親を任じてやまない彼のご両親も快諾してくださった。

 

 オランダは、これまでも何度か訪れていたが、田舎に行くのは初めてだった。九州くらいの面積しかないのに、広大な牧草地が広がっていて、隣の家まで500mくらい。wifiは貧弱で、携帯電波はゼロに近い。うーん、大都市の人口密度もそんなに高い気がしないのに、北欧諸国と並んで技術立国、企業大国。いろいろ学ぶことは多いよなあ。。。

 

次世代へ続け

 Wの奥さんは、タイ人のEちゃんであり、私より少し年上。姉さん女房と結婚するところまで揃っているのだから笑える。私は10年前にオランダで、5年前にタイで行われた結婚式で会っているので、これで3度目だが、彼らはEUの入国管理の関係で本当に苦労した大恋愛で、お子さんが二人できたと聞くとなんだかとても感慨深い。

 私とWは1歳違いだが、なんとその息子Wジュニアも私の息子より1歳年上。なんなんだこのめぐり合わせは。そして子供のすごいところは、言葉が通じていなくても、友情は形成できるらしい。

 

「ウ・ウー!!(このおもちゃ貸して!)」

 

「ノン・ノーン!!(やだやだー!)」

 

「ウ・ウー!?ブーブ・ブーブ!!(なんだとー!この車、貸して!!)」

 

・・・阿鼻叫喚と、暴力と涙の争奪戦の末、なんだかよく分からないが、「HAHAHAHA!!」と欧米風の笑い声を上げながら、仲良く馳け廻るようになっていた。Wジュニアの方は、だいぶ身体も大きいので結構横暴だったが、まあ彼なりの友情表現らしく、「ミ・フリン(My friendのオランダ語)」と言いながら息子に抱きついていた。いい話に聞こえるかもしれないが、息子はよくそのまま転ばされてすっかり怖がっていたので、評価はなんとも言えない。

 

 しかし、今や息子の第3のおばあちゃんとなったWママも、息子に絵本を読みながら、

 

「昔、よくあなたにもこうして絵本を読んだわあ。」

 

とか言っていて、とても胸が温かくなった。そして、母親同士、私の妻とEちゃんもすっかり意気投合して、異国の子育ての話や仕事の話などで盛り上がっていた。

 

 うんうん。やっぱり来てよかったなあ。物音もせず、広大な牧場にポツンとあるカウントリーハウスだったこともあり、穏やかな気持ちで過ごすことができた。やはり、細く長くとも、そして外国人であっても、友情とはいいものですね。Wジュニアは別れの日、(あんなにいじめたくせに)息子とは目を合わせず、バイバイもしないほど寂しがっていた。ははは、先は長いぞWジュニア。長い友情を築いてね。

 

 さて、グラスゴーに戻ってきたいま、妻には公園で、風変わりなママさんを探すようにお願いしておこう。

 

 できれば、半纏きてるひとがいいかな。

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Amsterdam Station

息子と歩く、大英博物館。

 

 

 

 

こんにちは、リックです。

クリスマスはオランダ人の友人と、彼のご両親のお家で家族そろって過ごしています。

彼とは30年の付き合いになるのですが、そのことはまた年内に書ければ・・・書くかな・・・。

 

今日はロンドン行の思い出その2です。

 

 

たまには息子と水入らず。

 

この日は妻が、パリから来てくれた親友Nちゃんとアフタヌーンティーに出かけたため、私と息子はお留守番に。「連れてこうか?」と言われたが、たかが数時間面倒を見れないパパではカッコ悪いし、たまには妻にも息抜きしてもらいたかったので、息子と水入らずで出かけることにした。

 

Hell weeksの間、朝9時ごろから大学に行って、そのまま夜中の1〜2時頃に帰る生活だったため、息子なりに”パパ・ロス” (by妻) だったらしく、このロンドン行では何かと「パパ♡パパ♡」と抱きつかれていた。自分でも幸せな父親だと思う。ま、これなら楽勝でしょ。

 

 

・・・ところがぎっちょん。

 

 

せっかくだし、私も大好きな大英博物館に連れて行きたいと思い、ゴロゴロとバギーを押して行ったところ、大英博物館ってめっちゃバリアフルですね。今まで子どもと行ったことがなかったから、気づかなかった・・・。まず入り口の荘厳な石造りの階段では、当然ながら誰も助けてくれないため(誰だ?欧米の人は日本人よりよほど助けてくれると言ったのは・・・。)、1人でひいこらバギーを担いで一段ずつ、荘厳な造りを楽しむハメに。父のスリリングな気持ちを察してか、息子の方は大喜びで足をバタバタ、バタバタ。マジやめてくれ。

 

それと入り口で少し残念だったのは、対テロ警戒なのか、巨大な掘っ立て小屋が入り口に登場し、そこでセキュリティチェックも受けなければならないことだった。昔は、、、と言っても少なくとも2年前までは、門から件の階段まで一直線に立派な雰囲気を楽しめたが、なんだか今は東京ドームで入場整理されてるおっさん達を思い出す光景だ。まあ、時節柄というべきか、仕方ないけど、なんだかサミしい時代だ。

 

そしてバリアフルその2。大英博物館、造りが格好いいのはいいのだけど、中二階のようなエリアが多く、かつ、スロープのようなものも着けていない。警備していそうで実は何もしていない警備員たちも、特に子連れバギーや車椅子の人に配慮している様子はなく・・・車椅子の人とか、どうしてるんだろう?こういう点は、やっぱり日本の科博とか、西洋美術館の方が圧倒的に配慮が行き届いている気がする。

 

・・・と、ひと通り文句はつけてみたものの、そういうところを除いてしまえば、展示物はさすが世界一!!息子はエジプトの石碑を見て興奮し、ロゼッタストーンを眺めて何やら分かったような顔で私を振り返り、巨大なモアイ像を威嚇するのであった。

 

 

彼女発見?

 

さらに・・・興奮した息子は、ついにバギーを飛び降り、自らバギーを押しまくり、モアイ像に突撃しはじめた。時々、この子は本当に1歳半なのだろうか?と思う精力ぶりを見せる我が子だが、さすがにモアイ像に特攻隊よろしく体当たりされてはコトなので、取り押さえて休憩することに。

 

「ウ・ウー!!(父ちゃん見てた?)ウーウーウー!!(あのモアイ像、ボクのこと怖がっとったな)」

 

赤ちゃん用の水筒の水をゴクゴクと飲み、オッサンのように「ぷはー!」と息を吐きながら、自分の勇敢ぶりをアピール。この仕草、息子はよくやるのですが、赤ちゃんはみんなやるのだろうか。生ビールじゃないんだからさ・・・。そしてたぶん、モアイ像はお前のことなど気にもしてないぞ。パパは、(お前が歴史的な遺産に傷をつけやしないかと、)怖くて仕方なかったが。

 

「ウ・ウー!?(あり!?あれは・・・!)」

 

どしたの。

 

「アーリア!?」

 

アーリアちゃん、というのは息子がたまにお世話になる保育園に来ている、パキスタンかインド系の女の子であり、息子より1ヶ月だけお姉さん。保育園に迎えに行くと、「バーイ♡」とにこやかに彼に手を振ってくれ、かつ美人さんである。何を勘違いしたのか、息子の方はアーリアちゃんを彼女と思っているらしく、何かと「アーリア♡アーリア♡」。寝てても寝言で「アーリア♡アーリア♡」。よほど好きらしい。

 

「ウー!ウー!パパ!パパ!!アーリア!!(パパ、アーリアがいる!急いであそこ連れてって!!)」

 

叫びつつ、ベンチから跳ね起きて走りだそうとする息子。うーむ、本当か?眺めてみると、確かに、インドかパキスタンの親子連れがおり、お嬢さんはアーリアちゃんに似てなくもない。

 

「アーリア♡アーリア♡パパ!ウ・ウー!!(パパ!ちょっと離して!!)」

 

・・・いや、違うから。確かに似てるけど。

恋に盲目になった息子を、エジプトのプトレマイオス2世の石像が生温かい目で見下ろしている。なかなかシュールな画だ。

 

「ウー!ウー!ウ・ウー!!(離せー!離してー!人さらいー!)」

 

結局、無理やりパパに連れ出された息子は、世界の・・・いや、大英博物館の中心で愛を叫びながら、展示室から退場したのだった。まあ、せっかく来たんだし、2階にあるミイラやらなんやら見て帰るかと、とろとろとバギーを押し始めると、失意を克服して金貨に夢中だった息子がいつの間にか静かになっている。覗き込むと、すやすやと寝ていた。

このとき、オックスフォードも入れて3日目の昼、何もかもが初めてづくしで疲れ果てていたのだろう。改めて防寒具を着せ、毛布を掛け直し、ホテルに帰ることにした。

 

2人きりだったということもあるが、とても自分が展示物を楽しむ余裕はなかった。いや、それどころか喫茶店で飲み物を買ったり、トイレに行くのも一苦労。独身時代が懐かしくもありつつ、これはこれで新しい境地に立ったと思えば、面白いと言えなくもない

 

何の夢を見ているのか(予想は着くんだけど・・・)幸せそうに眠る息子に、よしよし、また来ような、と話しかけて、世界一の博物館を後にしたのでした。

 

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Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): the University of Oxford

オクスフォード大学の教授宅へゆく。

 

 

 

 

 

こんばんは。

リックです。急遽、日本から友人が公用でロンドンに来ることになり、ついでだからと他の友人との予定もぶち込み、賑やかな数日を過ごしてきました。今日はその「ついで」でオックスフォードに行ったときのお話。

 

 

ディナーに招かれる

 

前にも触れたが、私の妻はオックスフォードに留学経験があり、そこで社会学系の修士号を取得している。せっかくロンドンに行くなら、ついでに当地の空気を息子に吸わせたいと思い、旅程に組み込むことにした。やっぱり懐かしいのか、楽しそうに道案内してくれる妻と、母ちゃんの機嫌がよくて幸せな息子もご機嫌であり、二人の機嫌がいいと私も幸せなので、家族みんな、和やかな時間を過ごすことができた。街全体が古代からの大学都市ということもあり、なんだか知的な香りがする。やはり歴史ある名門と、歴史だけの迷門との違いだろうか。。。

 

そんななか、幸運にも、妻の指導教官だったT先生がご在宅ということが分かり、しかも夕食に招いていただけることになった。ホテルから近いこともあり、約束の時間に徒歩でお伺いすることに。ドキドキドキ、オックスフォードの先生ってどんな方なんだろう。

 

「まあ〜。Yちゃん、久しぶりねえ〜。さあ入って入って!」

 

既に教官業務は引退されていることもあって、なんだか可愛いおばあちゃん、という感じの方だった。いきなり哲学とか歴史の問題とか出されたらどうしようとか思っていたが、もちろんそんなことはなく、温かな雰囲気の食堂にお招きいただいた。そこで、旦那さんでこれまたオックスフォード大学教官のG先生ともご挨拶。ちなみにご子息はケンブリッジを出てエンジニアになられているのだとか。どんだけすごい一家なんだ、と思うが、本当に気さくで、優しい雰囲気の素敵なご夫妻だった。

 

基本的に場所見知り・人見知りには無縁の息子は、ニコニコしながらあっちにうろうろ、こっちにうろうろ。ついでに鍋にスプーンを叩きつけてドラム演奏まで披露。・・・いやお前、もう少し遠慮しろ。

 

T先生自ら焼いてくださったローストチキンをメインに、政治から私の専攻の話やら、お二人の研究の話まで、色々な話をしたり聞かせていただいたりと、かなり知的好奇心を刺激される夕べだった。作家の浅田次郎さんも小説の中で書いているけれど、難しい話を難しくするのは誰にでもできるが、難しい話を簡潔に話せるのは本当に頭が良い人だけだと思う。あれほど苦戦した統計の話も、G先生が面白おかしくご自身の研究も織り交ぜて話してくださると、「ああ、あの数字のズレってそういうことなのか!」と納得できたり、新しい発見も多々あった。大体、私が課題で使っている貧困指数の主な開発者の一人だっていうんだから、笑ってしまう。たぶん初めて、ネームバリューと関係なく、こういう場に留学できた妻を羨ましく思った。

 

 

底のない好奇心

 

しかし、もっとも度肝を抜かれたのは、キッチン、書斎、居間、果てはお風呂まで、ありとあらゆる場所にライトが取り付けられていること。ちょっとやそっとではなく、ほとんど全ての角に設置してある。「こうしておけば、どこでも本が読めるでしょう?」とニッコリされるT先生。ちなみにお風呂もやたら広く、一人が入ってる間、もう一人は外に座って、議論するのだとか。私たち夫婦も相当議論好きだし、読書好きだと思うが、これには二人とも口がポカーン。

 

知的好奇心の塊だからね。あのお二人が学生の研究に興味がない、と言うのを聞いたことないのよ」

 

と妻はあとで言っていた。どんな研究でも面白いと思い、そのいい所を引き出すべく、学生に向き合っているらしい。もっとも、面白くても理論的にツマっていないところには容赦ないんだろうけど。何代にもわたって当地の教官を務めている家系でもあるらしく、その蔵書量もハンパではない。地下から天井裏まで本、本、本。ジャンルも古今東西、圧倒されてしまう。私の親父の書斎もたいがいだが、あの書斎で香る本の匂いを思い出した。というか、量と時代的に、あのどこか懐かしい匂いをさらに濃縮した感じだろうか。

 

夜の8時くらいにはお暇するつもりが、話が盛り上がったり、お家のなかを見せていただいているうちに、結局11時くらいまでお邪魔してしまった。外に出ると、一寸先も見えない濃霧で、なんだか夢の世界にいるようだった。

最後にT先生から「そうそう。お父様の書かれた論文か、書籍か、送るの忘れないでね」と、にこやかにお願いされてしまった。

 

 

 

うーむ、どこまでも底のない好奇心。脱帽です。

 

 

 

 

 

 

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 Photo by Rick (All Copy Rights Reserved): Cab & Cafe in London