Hi, there. Glasgow

Study in Scotland

祖母のこと。

 

どうもリックです。

今回は本当は卒業式のことを書こうと思ったのですが(というか書いているのでアップするだけなんですが)、先日大好きだった祖母が亡くなり、なんとなく頭の整理と備忘のために書いておこうと思いました。

 

グラスゴー情報が見たくてブログにアクセスしてくださった方、すいません。
でもこれはこれで、留学記なのです。たぶん。

 

なぜかグラスゴー大学の中庭を思い出す。

 

祖母は昨夏あたりから寝たきりになり、もう長くないと言われていたが、一時的な入院を経て、この時代幸せ(*)と言うべきか、畳の上で亡くなった。
*厚労省の統計によれば、終末期を在宅でと希望する人がほとんどの一方で、現実的には病院で最期を迎えられる方が沢山いるとのこと。

 

横たわる祖母に手を合わせて、いろいろ思い出に頭を巡らせていたが、ふと頭の中に甦ったのは、グラスゴー大学の中庭で祖母と電話したときのことだった。

 

まだ本コースが始まらず、プリセッショナルコースにいたときのこと。前にも書いたが、私の本コースは東アジア人が私一人という結構キツい状況だったが、プリセッショナルの時は、9割くらいの学生が中国人だった。今でもその時から仲のいい中国人は沢山いるのだけど、やっぱり朝から晩まで中国語の世界(英語ではない)に暮らしていると、かなり疲れた。かつ、自分は無条件合格ホルダーだったこともあり、結構周りの英語力の低さにはビビっていた。アカデミックライティングのお作法を学べたこと、よくブログに登場する盟友 梁(リャン)くん他数名の友達に出会えたのは本当によかったが、正直、プリセッショナルの時期に私の英語力は下がったとさえ思う。

 

脱線した。

 

そういうわけで、その日もややテンションが下がり、かと言ってクラスメートと雑談する気も起きず、授業が終わった後、グラスゴー大学の中庭で、そうだ、祖母に電話しとこうと思ったのだった。別に特段の用事はなかったが、母ちゃんから「寂しがってるから電話してやってくれ」と言われたばかりだったこともある。

 

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Photo by Rick(iPhone)


晴れ渡った空の下で、卒業生から寄贈されたベンチに座り、スカイプから祖母宅の固定電話に発信する(これで国際電話かけれるんだから、すごい時代!)。7月で、かつ晴れてるのに、顔に当たる風がやたら冷たかったのを覚えている。お決まりの、「最近どう?」という適当なコメントから始まり、

 

「まあ年だからね。耳鳴りとか色々あるけど、そんな変わんないのよ。イギリスでもちゃんと食べてるの?体調は大丈夫?」

 

うん。大丈夫。ばーばこそ、ちゃんと食べてるの?

 

「私は大丈夫よ。昨日も2駅歩いて、カツ丼食べてきたし」

 

・・・おいおいおい。
89歳にして健脚、健啖。そういう祖母だった。一年後に寝たきりになるとは、グラスゴーの空の下でおよそ思い至らなかった。


また別の日、本コースで苦しんでいるとき、諸々の不安を吐露したときは、

 

「いや大丈夫。写真見れば分かる。頑張ってる人間の顔つきだから。大丈夫よ。」

 

追い込みの時期に受け取った報せ

 

祖母が倒れた、危ないかもしれない、という第一報を受け取ったのは、修士論文を追い込んでいた8月だったと思う。当時、私はケンブリッジのサマースクールが終わり、修士論文提出に向けて気持ちの上ではかなり張り詰めていた。

 

まじいな・・・。

 

というのが正直な最初の感想だった。お見舞いに行けないのはもちろん辛いが、万一亡くなってしまったらどうしよう。他の時期なら迷わず帰国だが、今は、どうだろう。ある意味では、この瞬間に留学の集大成の全てがかかっている。遊びにきたわけでない。超絶安定した仕事を投げ打ってチャレンジして、一生懸命努力しての8月だった。非人情といえばそれまでだが、迷った。

 

  私が生まれて半年でオランダに渡ったとき、しばらく一緒に過ごしてくれた祖母。

 

  仕事が決まった時に一番喜び、働いているときは心配してくれた祖母。

 

  仕事を辞めることに、最後まで反対していた祖母。

 

  辞めると決めた後は、一番応援してくれた祖母。

 

  留学中も、妻が書いている家庭内ブログを眺めるのを一番の楽しみにしてくれた祖母。

 

だからこそ、ここは頑張りどきじゃないのか。踏ん張りどころじゃないのか、と思った。祖母を想う気持ちでは人後に落ちない。

 


私は、俺は、おばあちゃんっ子なのだ!

 


仕事が忙しくて祖母のところに顔を出せず、「悪いね」と言ったとき、いつも祖母は、

 

「ああ、まあいいのよ。私とあなたは、気持ちが相通じてるから」

 

と言っていた。

 

結局、万一の際は、親や親戚とどんなに衝突しようとも、やり切るまでは帰国しない、と意固地に決断した。迷うたびに、「いや、俺とばーばは気持ちが相通じている。だから大丈夫」と想うことにした。

 

だから、というわけではないが、帰国後に顔も見れて、留学のお土産話もできて、孫の顔も見せれて、というチャンスに恵まれたのは、正直、望外の喜びだった。そういう経緯もあったので、葬儀に参列し、きちんと祖母を送ることもできて、よかったと思う。


面白いことに、と言っては不謹慎かもしれないが、「もしばーばになんかあったらどうしよう」というのは留学中ずっと思っていたし、そのピークは件の8月のときだった。

 

そのときグラスゴーで思い悩み切ったからかもしれないが、今は、悲しみよりも頑張んないとなあという気持ちが強い。祖母があれだけ応援してくれたのだから、その成果をきちんと将来につなげなければ。

 

 

・・・おばあちゃんっ子だからね。

 

 

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Photo by Rick (iPhone)