Hi, there. Glasgow

Study in Scotland

PhDからオファーをいただきました (上)

 

 

こんにちは。リックです。

 

さて、前回ちょっとご報告したとおり、PhDコースから無事に無条件合格(Unconditional Offer)をいただくことができました。大学はエジンバラ大学、またも、私が愛してやまないスコットランドです。

 

グラスゴー大学での留学生活から帰国して、仕事をしながらちょびちょびと準備してきたことが無事に身を結び、やっと得た合格。嬉しいです。

 

ただ、(ちょびちょびしか準備しなかった自分も悪いのですが、)合格までそれなりの紆余曲折がありましたので、ここに備忘的に記しておこうと思います。

 

 

1年以上もブログを止めて

 

祖母が亡くなったところでブログの更新を止めてしまい、そのままなんと1年以上も更新しなかった。更新が止まった理由は特に祖母が亡くなったこととは関係なく、「何となく」更新するタイミングを逸したから。

 

続きを書こうと思いつつ、「うーん、でも帰国したから書くネタないんだよな」とぼんやりし、「あ、そうだ。もうすぐPhD受かるはずだから、そしたら続き書こう」と妄想しているうちに・・・1年とちょっと。

 

「受かるはず」だったPhDは、「受かる」ところか「受ける」段階でつまずいた。役所を辞めたときの「人生を懸けて闘えば道は開ける」というアツい思いはどこへやら。帰国後、意外にもあっさりと安定した職に就けてしまったことでそういう温度も冷め、そうなると人間、守りに入る。

 

 

   うーん、落ちたらカッコ悪いなあ。

 

   実力も発揮できて、給与ももらえて、ボスとも意思疎通はうまくいって、となると、今の仕事でもいいんじゃないか。なんか、周りからも結構頼られるし。

 

   子どもも、大きくなってきたなあ。今からPhDに行くと、帰ってきたら小学生じゃん。

 

   カネの問題も、片付かないしなあ。PhD、海外に行くとなるとなあ・・・。

 

   ええと・・・研究したいことってなんだっけ・・・。

 

   あれ・・・そもそも・・・何がしたかったんだっけ・・・。

 

 

最後から2番目のあたりで、研究者としてどうなんだろうという段階になり、最後にいたっては、ヒトとしてまずい段階(いわゆる"自分探し症候群")に入ってしまっている。

 

ここまで来るとキツい。「研究したい!(はず!)」という思いに自分を集中させ、ほうほうの体でプロポーサル(研究計画書)を書き綴る。

 

でも、仕事に行けば空中戦で、次から次へと降ってくる課題を撃墜して乗り越える日々。研究はむしろこれとは対照的で、じっくり腰を据えてウンウン考える地上戦。仕事で離陸して、家で着陸したら地上戦。しかも言語が日本語と英語で切り替わる。

 

ついでに、夜になれば子どもはのしかかってくるし、家事も(ちょっとは)手伝う。

 

「パパっち!お仕事はお昼にたくさんしたでしょ!」(by 息子)

 

仕事とは「(保育園で)遊ぶこと」だと信じて疑わない3歳児の視線は厳しい。そういえば、あんなに上手だった彼の英語も2年近く聞いていない。

 

自分自身が怠けていたといえばそれまでだが、この切り替えは本当に大変だった。・・・だった、というか最後まで切り替えはできていなかった気がする。

 

 

転機が訪れる

 

諸々意見はあろうかと思うが、一通り手順を終えてみると、海外のPhD受験で肝となるのは、やはりプロポーザル(研究計画書)だと思う。日本人、韓国人、英国人、ドイツ人、トルコ人と幅広く現役の研究者・PhD生の方々に相談したところ、総じて、

 

 

「A4で2枚くらい、ちゃちゃっと書けば大丈夫」

 

「研究手法と、研究の意義がしっかり書ければ大丈夫」

 

「3年間で絶対終わらせるという強い意志を盛り込めば大丈夫」

 

 

ダイジョーブ、ダイジョーブ。異口同音に伝えられた多国籍なダイジョーブ。

 

こっちから相談しといて何だが、英語でちゃちゃっとなんて書けないし、研究手法も正しいのかも自信がないし、意志力とは無縁の自分にとって、全然大丈夫じゃない感じがムンムンするではないか。

 

 

ぐう・・・書けない。

書いては削除し、論文を眺めては(読んではいないところが問題)溜め息をついて、最後に、やっと悟りがひらけた。

 

結局、新たになにかやろうというのがいけなかったのだ。まずは受かってしまえばいいのだ。グラスゴー大学に提出した修士論文をゴソゴソと引っ張り出してきて、もうこれを焼き直して出そうと、開き直ることにした。自信があった割にいまいち成績が伸びなかったため、PhDでは別のテーマにしようと思っていたのだが、考えてみればこの論文だって一応は優等(Merit)をもらっている。最優等(Distinction)ではなかったが、もうこれでいいや。

 

そんなの最初からそうすればいいじゃん、と思われる向きもあるかもしれないが、一応先々のキャリアとかを考えたり、悩んでいたりすると、「その最中」には中々気づけない。特に、(研究と直接は関係ない)仕事をしながらの生活の中では難しかった。

 

 

うまくいった転機は2つあったと思っているが、悟りが開けたのは、おそらく一つ目の転機がきっかけだったと思う。

 

それは、何気なくオックスフォード大学のホームページを眺めていたら、私のテーマに関連したコースが新設されていたこと。締め切りまでおよそ1ヶ月。基準をみると、GPAと修士課程での成績はやや足りないが、「ギリギリ受かるか?」という線だったこともあり、何より勝手に運命を感じた私は、大急ぎで修士論文を焼き直し、受験してみたのでした。

 

 

(続く)

 

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Photo by Rick: Covered Market, Oxford, England